ブラジル北部パラー州の州都ベレンが、ドイツのフリードリヒ メルツ首相の一言で国際的な注目を集めている。首相は気候会議から帰国後、随行団がベレンを離れられて喜んでいたと語り、ブラジルではこれが開催都市を見下す発言だと受け止められた。

この騒動は、単なる「好き嫌い」の問題にとどまらない。アマゾンの玄関口であるベレンという都市の現実を映し出している。

アマゾンの玄関口としてのCOP30開催地

ベレンは、グアジャラー湾に面し、島々と本土部から成る人口約130万の都市である。赤道直下の高温多湿で雨の多い気候は、ブラジルでも最も雨量の多い州都として知られる。

2015年、ユネスコはベレンを「食文化分野の創造都市」に認定した。アサイーや淡水魚、森の果物や香辛料を使った料理は、先住民、アフリカ、ヨーロッパの伝統が融合した独自のガストロノミーとして注目されている。また、世界最大級のカトリック行事とされるナザレーの巡礼「シーリオ デ ナザレー」が毎年開催され、無形文化遺産にも登録されている。

ベレンはこれまでも世界社会フォーラムやグローバル シチズン フェスティバルなどを受け入れてきた。COP30によって、ブラジルはアマゾンを気候交渉の中心に据えようとしており、ベレンはその象徴的な舞台となる。

歴史的栄光と社会的排除

ベレンの歴史は1616年、ポルトガルの植民地拠点「フェリス ルジタニア」として始まる。要塞と商館が築かれ、森林資源や牛肉などを扱う交易の要所となった。

19世紀末から20世紀初頭のゴム景気の時代、ベレンは大きな繁栄を享受した。オペラハウスの平和劇場やヨーロッパ風の広場と並木道が整備され、「アメリカのパリ」と呼ばれた。しかし、都市改造の恩恵を受けたのは主にエリート層であり、多くの貧困層は中心部から周縁の低地や湿地帯へと追いやられていった。

20世紀後半には、新たな道路や宅地開発に沿って都市が広がったが、インフラ整備が追いつかず、非公式な居住地が拡大していった。

格差と暴力、ファベーラの日常

現在のベレンは、人間開発指数や識字率では北部地域の中で上位に位置する一方で、深刻な格差と都市問題を抱える都市でもある。

ベレンは、ブラジルの州都の中で最もファベーラ住民の割合が高いとされる。住民の半数以上が、簡易住宅や不安定な占拠地に暮らし、その一部は水上の高床式住宅や浸水しやすい低地に建てられている。下水道や衛生設備の整備は遅れ、多くの人が汚染や病気のリスクにさらされている。

長年にわたり、ベレンは世界で最も暴力的な都市ランキングに名を連ねてきた。ただし近年は殺人件数が大きく減少したとされ、安全対策の効果も見られる。それでも治安不安は市民にとって日常的な懸念事項だ。

環境や生活の質に関する指標も矛盾をはらむ。ベレンは「マンゴーの街」として知られる一方で、自宅近くに街路樹がある住民は半数未満という指摘もある。

ベレンのイメージをめぐる攻防

メルツ首相の発言に対し、パラー州知事やベレン市長などブラジルの当局者は、これは単なる個人の感想ではなく、工業国がアマゾンの都市を見る際の偏見を反映していると批判した。彼らは、歴史的に温室効果ガス排出に大きく貢献してきた国々こそ、森林保全に取り組む地域への具体的な支援を行うべきだと訴える。

ルイス イナシオ ルラ ダ シルバ大統領は、冗談を交えながら、もしメルツ首相が地元の酒場に立ち寄り、パラー料理を味わい、住民と踊っていたら、感じ方は違っていたかもしれないと語った。

市民団体や研究者は、ベレンの問題点を指摘すること自体は必要だとしつつも、都市全体を危険で悲惨な場所として描くステレオタイプを警戒する。彼らが望むのは、COP30をきっかけに、住宅、衛生、交通、社会政策への長期的な投資が進み、ベレンが「住めない町」ではなく、住民が尊厳と安全、機会を手にできる都市となることである。