水と象徴で描かれたルネサンスの庭
フィレンツェ中心部から北へ少し離れたカステッロの丘に 並木道の先に淡い色の別荘が現れる。ヴィッラ ディ カステッロである。現在は人も少なく落ち着いた雰囲気だが 十六世紀にはメディチ家の権力と教養を示す舞台であり イタリア式庭園の先駆けとなった場所であった。
地名カステッロは ローマ時代の水道に設けられた貯水槽 castellum に由来する。十四世紀にはすでにこの地に邸宅が建ち 十五世紀後半にはロレンツォとジョヴァンニ ディ ピエルフランチェスコ デ メディチが買い取り増改築を行った。ロレンツォはボッティチェリの重要なパトロンであり 《ヴィーナスの誕生》や《春》といった作品は元来この別荘を飾るために描かれた。
コジモ一世の庭園計画
一五二九年から三十年にかけてのフィレンツェ包囲戦で 周辺の村落や別荘は大きな被害を受けた。三八年に公爵となったコジモ一世は 幼少期を過ごしたカステッロの再建を決意し 建築家ジョルジョ ヴァザーリに邸宅の改装を 造園家ニッコロ トリボロに新しい庭園の設計を委ねた。庭園は トスカーナ全体を縮図として表現する政治的な景観として構想された。
庭園は三段のテラスから成り 別荘の背面からまっすぐ奥へと軸線が伸びる。最上段では バルトロメオ アンマナーティによる人物像がアペニン山脈を象徴し 二本の水路がアルノ川とムニョーネ川を示す。周囲の噴水や彫像は メディチ家の徳とフィレンツェにもたらされる恵みを讃える。
第一テラスには十六の花壇と中央の大きな噴水があり 噴水にはアンマナーティ作のヘラクレスとアンタイオス像が立つ。第二テラスは柑橘類の庭で 長い温室に守られた約五百鉢のオレンジやレモンが 春夏には屋外に並べられる。多くはメディチ家の時代から受け継がれた珍しい品種である。
第三テラスの奥には 動物の洞窟として知られる人工洞窟がある。内部は鍾乳石や小石モザイクで覆われ 大理石の水盤には色とりどりの石で彫られた動物たちが集まる。床や天井 そして動物像から水が噴き出す仕掛けが施され かつて訪問者は涼しい霧と予想外の水しぶきに驚かされた。
さらに高い場所には 二つの秘密の庭と小さな森の区域 selvatico があり 中央の水盤にはアンマナーティ作のブロンズ像 一月またはアペニンが座る。十九世紀になると ロレーネ家がイギリス風景式の公園を加えた。
一九八四年以降 庭園は国立博物館として一般公開されている。樹木や彫刻 水路や温室の修復が進み 二〇一三年にはイタリアで最も美しい公共公園に選ばれた。